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変なおじさん・志村けん 意外と知られていない24のトリビア

志村けん

テレビに出てる志村けんさんのことは知ってるけど、普段の志村けんさんのことはみんなあまり知らない

志村けんといえば、

日本で知らない人はいないんじゃないかというくらい有名なコメディアン。

子供のころから志村けんさんのことは知ってるけど、志村さんの素顔って考えたことがなかったです。

きっとエッチでいつも面白いことをやっているデタラメな人なんだろうと、そんな風に思っていました。

この本を読むまでは。(10年前に出てる本だから、今更なんですが)

 

意外とみんなが知らない志村けんさんの素顔

1950年2月20日生まれ 3人兄弟の末っ子

東京・東村山で育つ

父は厳格な小学校の教頭先生

 

小学1年生の頃、運動会でみんなの前で「位置について、ヨーイ」どん!とウンコを漏らしたのがきっかけで、「ウンコもらし」と言われるようになり、そのイメージを消したくて面白いことをやり始めた。

 

柳家金語楼さんの落語を真似て酔っ払いの話を覚えてみんなの前でやった。

お笑いでデビューしたネタも酔っ払いのコントからだった。

 

中学生の頃からお金が欲しくてバイトをコツコツやるようになる。
一度やりだすと辛くてもやり続ける努力家。

 

ビートルズが好きで長髪にタートルネックという格好の青年だった。

志村さんは武道館にビートルズを観に行った。その時の前座はドリフターズではなかった。

 

コント55号とドリフターズ、どちらかの付き人になろうと迷っていたが、音楽をやってるドリフターズに決め、いかりや長介さんの自宅にいきなり訪ねて行った。

 

荒井注さんがドリフを抜けるまで、志村さんはドリフの付き人や、自分のコントグループを組んで活動していた。

マックボンボンというコンビ名だった。

 

東村山音頭はドリフの合唱コーナーで、いかりやさんに「志村は東村山音頭を歌え」と言われて勝手に即興で歌詞を変えて 歌ったのが最初。何度もやっているうちに大流行した。

 

「か〜ら〜す〜なぜ鳴くの〜 からすの勝手でしょ〜♪」という歌も流行ったが、もうみんな飽きただろうとやらなくなかった。

そしたら「カラスの歌をやらなかったってうちの子が泣いてる!どうしてくれるんだ!!」と、苦情の電話が入って、それでまだ続けた。

 

志村さんは女性アイドルや女優さんとコントをすることも多いが、その子の前で屁をしてみる。

それで腹を抱えて笑う子はお笑い向きだと判断する。早く打ち解けるためにお尻や胸を触る。そうすることで、女の子もバカ殿に向かって遠慮なくツッコミが出来るようになるそうだ。

 

10 ドリフの笑いはチームワーク。
誰かがウケるためにメンバーはそれぞれの役割に徹する。

計算通りにウケるとメンバー全員が喜ぶ。自分一人が目立ちたいという無益な競争はない。

 

11 『だいじょうぶだぁ』の主要メンバーを選んだ理由
田代まさしさんや桑野信義さんを選んだのは、彼らがミュージシャンだったから。

笑いには、間やタイミングが大事なので笑いのセンスもある彼らを選んだ。

 

12 人と同じことをやるのは好きじゃない。

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